白露という言葉が、少し愛おしくなりました

9月のはじめ頃、「白露(はくろ)」という言葉があると知りました。朝晩の氣温が下がり、草花に露が結び始める頃、という意味なのだそうです。

言われてみると、このところアトリエの窓の外の草に、朝だけ小さな水滴がついていることに氣づきます。昼間はまだ夏の名残がある陽射しなのに、朝だけは確かに違う空氣が流れています。

標高1,100mのこのあたりは、もともと朝の空氣がひんやりとしていますが、白露を過ぎる頃から、その冷たさに少しだけ湿り氣を含んだような、複雑な質感が混ざり始める氣がします。

暦の言葉というのは、いつも大げさな出来事ではなく、ごく小さな氣配を指し示してくれます。草の上の露なんて、意識しなければ一生氣づかないまま通り過ぎてしまうものです。

それでも、こうして名前がついていることで、毎年同じ頃に、同じ小さな変化を見つけようとする氣持ちが生まれます。名前をつけるということは、見過ごさないための工夫なのかもしれません。

小さな変化に名前をつけると、見過ごさずにいられる。

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